「あなたのペンを持つのは、もうAIかもしれない」
近年、急速に進化するAI技術は私たちの生活のさまざまな場面に浸透してきています。特に創作分野におけるAIの進出は目覚ましく、中でも「漫画」というクリエイティブな領域にもAI技術が次々と導入されています。
今や「AI漫画」という言葉も珍しくなくなり、SNSでは「AIで描いた4コマ漫画」が拡散され、驚きの声が上がっています。
あなたは考えたことがありますか?「AI漫画とは具体的に何ができるのか」「AIは本当に人間の漫画家に取って代わるのか」「漫画の魂とも言える”感情表現”をAIは描けるのか」。このような疑問を持つ方も多いでしょう。
この記事では、最新のAI技術が漫画制作のどの工程をどこまで担えるのか、そしてAIが苦手とする部分はどこなのか、実例を交えながら徹底解説します。AIと人間の共創による新たな漫画表現の可能性についても探っていきましょう。
AI漫画が担う工程とは?
AI技術の急速な進化により、漫画制作のさまざまな工程でAIが活躍するようになりました。では具体的にAI漫画はどのような工程を担うことができるのでしょうか?
シナリオ生成(プロット・セリフ)
AI漫画における最初のステップ、シナリオ生成においてAI技術は驚くべき力を発揮します。ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)を活用することで、基本的なプロット構成からキャラクター設定、さらには自然な対話までを生成することが可能になりました。

異世界で戦士として活躍する女子高生描いてみた
例えば、「高校生が異世界で戦士として活躍するストーリー」というシンプルな指示から、AIは以下のような展開を提案できます。
- 主人公の背景設定(孤独な高校生、特殊な能力の持ち主など)
- 異世界へ転移するきっかけの設定
- 異世界での冒険の流れや山場の提案
- キャラクター同士の関係性や対立構造
さらに興味深いのは、AI漫画におけるセリフ生成の精度です。研究によると、生成AIはプロット作成時間を最大70%削減し、キャラクターの個性に合わせたセリフ生成が可能になりました。各キャラクターの口調や性格を反映させた対話を作り出せるため、漫画のストーリーテリングの基盤を効率的に構築できるのです。
しかし、AI漫画のシナリオ生成には制約もあります。特に「共感を呼ぶ感情の機微」や「文化的背景を踏まえた深い洞察」などの要素は、まだ人間のクリエイターの強みとなっています。
キャラデザイン(顔・ポーズ・衣装)
AI漫画制作において特に進化が著しいのが、キャラクターデザインの領域です。Midjourney、Stable Diffusion、NovelAIなどの画像生成AIを活用することで、驚くほど高品質な漫画キャラクターを短時間で作成できるようになりました。

キャラデザイン工程においてAI漫画が得意とする点は、
- 多様な表情の生成: 喜怒哀楽の基本感情から、微妙な感情の変化まで表現可能
- 一貫したキャラクター性の維持: 同一キャラクターの異なるポーズや角度での描写
- 衣装デザインの多様性: 世界観に合わせた独創的な衣装の提案
- 効率性: デザイン工程を約60%効率化できるという調査結果も
特に注目すべきは「ピュアモデルAI」と呼ばれる技術です。これは漫画家本人の絵柄のみを学習させたAIで、2024年に一般社団法人マンガジャパンと連携して漫画家の里中満智子氏と倉田よしみ氏の協力を得た実験が行われました。 
Pure Model AI(ピュアモデルAI)公式サイトはこちら
この技術により、AI漫画でありながらも特定の漫画家のスタイルを維持したキャラクターデザインが可能になっています。
ただし、完全にAIに任せるとキャラクターの「魂」や「独自性」が薄れるという指摘もあります。多くのプロの漫画家は、AIで生成したキャラクターをベースにしつつも、最終的な調整は人間の手で行うというアプローチを取っているようです。
背景・小物の描写
AI漫画制作において、背景や小物の描写はAIが最も得意とする領域の一つです。複雑な都市風景、幻想的な異世界の景色、精密な室内設定など、時間と労力を要する背景描写をAIは驚くべき速さと精度で生成できます。
AI漫画における背景・小物描写の特徴

- 高度なディテール表現: 建築物の細部や自然環境の複雑さを精密に表現
- パース(遠近法)の正確さ: 数学的に正確な遠近感の表現が可能
- 世界観の一貫性: 一度設定した世界の雰囲気やスタイルを維持できる
- 時間短縮効果: 従来人間が数時間かけていた背景作業を数分で完了
例えば、「近未来の廃墟となった東京」というシンプルな指示から、AI漫画ツールは崩壊したビル、錆びた機械、蔓延る植物などの細部まで描き込んだ背景を生成できます。特に「ControlNet」などのAI技術を使用すると、簡単なスケッチから複雑な背景を生成する方法も実用化されています。

近未来の廃墟となった東京
背景描写においてAIが特に重宝されるのは、繰り返し登場する場所(主人公の部屋、学校の教室など)の一貫性を保つ点です。一度設定を作れば、様々な角度や照明条件での背景を簡単に生成できるため、作業効率が格段に向上します。
また、小道具や日常品の描写についても、AIは写真のような参照なしに正確な形状や質感を表現できるため、リアリティのある小物表現が可能になっています。

Chat GPT で描いた背景画像
この背景画像は、ChatGPTのGPTs「漫画背景メーカー(Manga Background Maker)」で書いたものです。このGPTsは、説明文または簡単ならくがきだけで、日本の漫画風の背景を作ることができます。
さらに「漫画イラスト背景作成」GPTsで、詳細なプロンプトを作成してから、Chat GPT4oのImage Generationを使用して背景画像を描いてみました。

モノクロの画像だったので、フルカラーで書き直してもらったのが以下の画像です。

Image Generationで描いた背景画像
AIが苦手な部分と人間の必要性
AI漫画技術は急速に進化していますが、まだ人間のクリエイターに完全に取って代わることはできません。AIには苦手とする領域があり、そこに人間の創造性や感性が不可欠です。
演出・コマ割りの構成力
漫画表現の醍醐味とも言える「コマ割り」と「演出」は、AI漫画が最も苦戦している分野の一つです。これは単に画像を配置する以上の、物語の緩急やリズム、読者の視線誘導、感情の盛り上げなど複合的な要素を含む高度なスキルだからです。
AI漫画がコマ割りと演出で直面する課題

AI漫画がコマ割りと演出で直面する課題
- 物語の流れを視覚化する感覚: どのシーンを大きく見せ、どのシーンを小さく見せるかの判断
- ページをめくる瞬間の演出: 驚きや感動を最大化するための配置センス
- 視線の誘導と情報の制御: 読者の目をどう誘導し、情報をどう開示するか
- 余白の効果的な活用: 「描かないこと」による効果の理解
実際のプロの漫画家が指摘するように、「AIはストーリーの流れやキャラクターの動きを分析し、最適なコマ割りを提案することができる」ものの、その提案は技術的には正しくても「心に響く」演出には至らないことが多いようです。
AIが提案するコマ割りは機械的で、人間の感性を刺激する「間」や「緊張感」の表現が不足しているという評価が一般的です。
特に複雑なアクションシーンや感情が高ぶるシーンでのダイナミックなコマ割りは、現状ではAI漫画の弱点となっています。
例えば、格闘シーンでの「スピード感」や「衝撃の表現」、恋愛シーンでの「繊細な感情の変化」などを効果的に表現するコマ割りには、人間の経験や感性に基づいた判断が不可欠です。
読者心理を読む細かな感情表現
AI漫画のもう一つの大きな課題は、「読者の心理を見透かすような細かな感情表現」です。漫画は単なる情報伝達ではなく、読者に共感や感情移入を促す芸術表現でもあります。その点において、AIはまだ人間のクリエイターに及ばない側面があります。
AI漫画が苦手とする感情表現の要素:

AI漫画が苦手とする感情表現の要素
- 微妙な表情の機微: 言葉では表せない複雑な感情の表現
- 文化的文脈に依存する表現: 特定の文化圏でのみ理解される感情表現
- 読者の期待を裏切る演出: 予想を覆すことによる感情効果
- キャラクターの心理的成長: 時間をかけて変化する内面の描写
「生成AIのチカラを漫画表現に取り入れるための研究をしてきた野火城さんに、漫画の絵すべてをAIで描くことはできるのかを聞いてみると、答えは「NO」。」というインタビュー結果があるように、漫画表現の核心部分はまだAIの到達範囲を超えています。
特に注目すべきは「キャラクターの内面と外面の矛盾」を表現する難しさです。例えば「笑顔を見せながらも心の中では悲しんでいる」といった複雑な感情状態を、読者に伝わるように描くには、人間ならではの感情理解と表現力が必要です。これらの微妙な感情の機微は、AIにとってまだ難しい課題となっています。
また、「マンガが読めるのは人間だけ 人工知能にはまだ早かった」という研究結果もあるように、漫画表現の理解そのものがAIにとって困難な部分があります。
連続するコマの因果関係を自然に読み取る能力は、人間の高度な認知能力に依存しており、その感覚をAIが完全に習得するには至っていません。
AI×人間で作られた実例紹介
AIと人間のクリエイターが協力して制作した漫画作品が、次々と発表されています。これらの実例から、AI漫画の可能性と現実的な活用方法を探ってみましょう。
SNS発の4コマ漫画
AI漫画の中でも特に人気があるのが、SNSで投稿される4コマ漫画です。この形式は短くてシンプルな構造のため、AI技術との相性が良く、多くのクリエイターが挑戦しています。
代表的な成功事例:
■GPU売りの少女
~本当に大切な事~(2/3) pic.twitter.com/E8OH7WRENk
— 野火 城@AI漫画 (@nobisiro_2023) February 5, 2024
「ピュアモデルAIプロジェクト」:漫画家の里中満智子氏と倉田よしみ氏の協力を得て、漫画家本人の絵柄のみ学習したAIを使用した4コマ漫画プロジェクト。AIが草案を作り、漫画家自身が監修・調整するというコラボレーション方式を採用。
Chat GPTで作成した4コマ漫画

Chat GPTs 4コマ漫画ジェネレーターは、「猫と魚をテーマとして4コマを作成してください。」と指示すると、まず4コマのプロットを作成します。
- コマ1(導入)猫が川辺で釣り竿を持ち、真剣な表情で釣りをしている。
- コマ2(展開)魚がヒット!猫は「きた!」と嬉しそうに釣り上げる。
- コマ3(転換)釣り上げた魚が意外にも超巨大で、猫が驚いて後ろにのけぞる。
- コマ4(オチ)その魚に逆に引っ張られて川に落ちる猫。「にゃー!」
このプロットに基づいて、シンプルな白黒スタイルの4コマ漫画を作成します。
注目すべきは、AI漫画のノウハウ本などが次々に登場し、AIを使った4コマ漫画の制作手法が一般化しつつある点です。これらの本では、以下のようなステップが紹介されています。
- ChatGPTでプロットを作成
- ChatGPTで台本を作成
- MidjourneyやStable Diffusionでイラストを生成
- Canvaなどのツールでコマ割りや文字入れを行う
- 必要に応じて細部を修正・調整
これらのプロセスにより、絵を描く技術がなくても4コマ漫画を作成できるようになり、新たなクリエイターの参入障壁を大きく下げています。ただし、最も評価される作品は単にAIの出力をそのまま使うのではなく、人間のアイデアや感性で「調整」や「編集」を加えたものであることが多いようです。
AI作画+人間シナリオの短編
より本格的な漫画作品として、AIによる作画と人間によるシナリオを組み合わせた短編漫画も登場しています。これらの作品は、AIの強みと人間の創造性を効果的に融合させた好例です。
注目すべき実例:
- 「手塚治虫×AI」プロジェクト: 2020年に発表された、手塚治虫の作風をAIが学習して新作「ぱいどん」を創作するプロジェクト。手塚プロダクションの監修のもと、AIが生成した素材をベースに人間のクリエイターがストーリーと最終的な作画を担当。「AIが手塚治虫の作風をどこまで再現できるか」という実験的な試みとして話題に。ぱいどん AIで挑む手塚治虫の世界
- 「漫画未経験のエンジニアがAIで漫画制作にトライした記録」: 絵を描く経験のないエンジニアが、AI技術を駆使して短編漫画を制作した事例。ネームを人間が描き、キャラクターと背景をAIで生成、その後調整を人間が行うという手法で完成度の高い作品を実現。漫画未経験のエンジニアが今のAIで漫画制作にトライしてみた記録2023年夏時点版
- 「うめ×生成AI」実験: 漫画家「うめ」さんが自身の作品データを活用し、生成AIと協働で100ページの作品を制作。特に「苦手な部分をAIに任せる」というアプローチが効果的だったとの報告がある。
これらの実例から見えてくるのは、AI漫画の「最適な活用法」です。完全にAIに任せるのではなく、また人間が全てを担当するのでもなく、両者の強みを組み合わせるアプローチが成功の鍵となっています。
具体的には:

- シナリオの骨格や感情表現は人間が担当
- キャラクター設定やストーリーのアイデア出しはAIと人間の共同作業
- 背景や小物などの作画負担の大きい部分はAIが主導
- 最終的な調整や演出、コマ割りは人間がチェック
AI漫画の未来と可能性
ここまで見てきたように、AI漫画技術は急速に進化し、すでに様々な制作工程で活用されています。では、この技術の未来はどうなるのでしょうか?AI漫画が秘める可能性と課題を整理してみましょう。
AI漫画がもたらす変革
AIによる漫画制作は、以下のような変革をもたらす可能性があります:
- 制作の民主化: 絵を描く技術がなくても、アイデアさえあれば漫画を制作できる環境の実現。これによりクリエイターの裾野が広がり、多様な表現が生まれる可能性。
- 制作速度の劇的な向上: 特に背景や小物などの時間を要する作業がAIによって効率化され、連載スケジュールの緩和や作品の質向上につながる可能性。
- 新たな表現形態の創出: AIと人間のコラボレーションにより、これまでにない表現手法や作風が生まれる可能性。AIが提案する意外性のある発想を人間が編集・改良するプロセスで、革新的な作品が誕生するかもしれない。
- 国際展開の容易化: AI翻訳と組み合わせることで、文化的な文脈を考慮した多言語展開が容易になり、漫画の国際的なリーチが拡大する可能性。
残る課題と人間の役割
一方で、AI漫画には以下のような課題も残されています:
- 感情表現の深さ: 読者の心を動かす繊細な感情表現は、依然として人間のクリエイターの強みである。AIの生成する表現には「心の機微」が欠けるという指摘が多い。
- 創造性の源泉: AIは学習データに基づく生成が基本であるため、真に革新的なアイデアや表現を生み出せるかという疑問がある。人間の経験に根ざした独自の視点や問題意識が重要。
- 著作権の問題: AI学習データの著作権問題や、AIで生成された作品の権利帰属の問題など、法的・倫理的課題も山積している。
- 職人技の継承: 従来の漫画制作技術や知識が継承されなくなる懸念もある。アナログな技法や手法の中にこそ、魅力的な表現のヒントが隠れているという意見も。
これからのAI漫画の発展方向
今後のAI漫画は、以下のような方向性で発展していくことが予想されます:
- AIと人間の協業モデルの確立: 完全なAI主導ではなく、AIと人間がそれぞれの強みを生かした協業モデルが標準化されていく可能性が高い。
- インタラクティブ性の向上: 読者の反応や選択に応じて展開が変化するインタラクティブ漫画など、従来の媒体では難しかった表現方法がAI技術によって可能になる。
- パーソナライゼーション: 読者の好みや反応に合わせて内容や表現が最適化されるパーソナライズド漫画の登場。
- 教育・トレーニングへの活用: 漫画制作の初心者がAIの支援を受けながら技術を学ぶという、教育ツールとしての活用も進むだろう。
まとめ:AI漫画が切り拓く新たな創作の地平

AI漫画技術の急速な進化は、漫画制作の様々な工程に革命をもたらしています。
シナリオ生成やキャラクターデザイン、背景描写などの領域では既に実用的なレベルに達しており、制作の効率化や表現の幅の拡大に貢献しています。
一方で、演出やコマ割り、細かな感情表現といった「漫画の魂」とも言える部分は、依然として人間のクリエイターの強みです。AI漫画の真の価値は、AIと人間が互いの強みを生かし、弱みを補完する「協創」にあると言えるでしょう。
現在の成功事例を見ても、AIを単なるツールとして利用するのではなく、共同クリエイターとして捉え、人間の感性や創造性と組み合わせることで、これまでにない漫画表現が生まれています。
AI漫画はこれからも進化を続け、クリエイターの可能性を広げていくことでしょう。しかし最終的に読者の心を動かすのは、その作品に込められた「人間らしさ」や「創造性」であることに変わりはありません。
AI技術を味方につけながらも、人間ならではの感性や視点を大切にすることが、これからのAI時代の漫画創作において最も重要なポイントとなるでしょう。
あなた自身も、AI漫画ツールを使って創作にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。技術の進化とともに、漫画表現の可能性は無限に広がっています。






